鏡の私 YUZUKUMA
 

もっとこっちへおいで
可愛いあの子。
私にそっくりな、あの目。あの口。
たくさんの女の子を見てきたけれど、こんなに私に似ている子は初めて。
おいで、おいで・・・


あの子がまたやって来た。
N中学校の洗面所。
休み時間になると女の子の華やかな声が、固い壁に反射する。

私は見ているのよ。
私にそっくりな、あなた。
他の誰でもないの。
どうしてこんなにあなたは私に似ているの。

あの子は気付かない。
私があの子の真似をしているんじゃなくて、
あの子が私の動きについてくるの。

今日は前髪を少し切ったね。
気にしてるけれど、すごく似合ってる。
左頬にできちゃったニキビも、あなたが思うほど目立たないよ。

私はここにいる。
誰もいないときも、ずっとここに。
ほかの子たちだって、ずっと見守ってきた。
だけど、あの子は特別なの。
だって、私なんだもの。
早く私の存在に気づいてほしいな。



体育館に歌声が響く。
それぞれの人生の最初の岐路に立っていること、それをまだ生徒たちは理解していない。
卒業証書を手に、最後の教室へと向かう3年生。
泣いた生徒たちは、洗面所で自分の顔を確認する。
「今日、ちょっとだけマスカラつけてきちゃった」
「ホント?わかんないよ」
「最後の記念に・・、って、もう涙で取れちゃった。見て、このハンカチ」
生徒たちの笑い声が響く。
人が入れ替わっても、4月からまた新しく、同じようにこの光景が繰り返されるのだろう。

一斉に生徒たちが教室へ戻っていく。
走り出そうとしたその時、少女は立ち止った。
「あ、トイレにポーチ忘れちゃった。先行ってて」
「うん、急いでね」
中学生活、最後のホームルーム。
皆、口には出さずとも、心のどこかでいつもと違う緊張感を持っていた。
賑やかな声が、少しずつ遠ざかっていく。

「あった、あった」
ポーチを取り、個室から出る。
少女は何の気なしに、洗面所の鏡を覗いた。

鏡に映る少女は、うっすらと笑みを浮かべていた。
少女は笑ってなんていないのに。
「えっ」
その違和感に、少女は一瞬ビクリと肩を揺らした。
あらためて見る鏡は、もういつもと変わらない。
「疲れてるのかな・・」
少女は鏡に顔を近づけて、目を細めた。


白い手が、伸びてくる。

鏡の中から、透明で白いその腕は長く、少女の頭を抱き寄せる。
「!!!」
突然の出来事に、少女は声も出なかった。
強烈な力で打ちつけられた顔は、砕けた。
鏡に大きな血の跡をつけて、少女は崩れる。
白い腕が、そっと、少女の体から離れた。

血の跡を愛でるように、白い指がそれをなぞる。
滑らかに流れる赤。
空気に溶けるように、白い腕は消えた。

 

 
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