R女子高校の生徒会の代替わりは、2学期になってすぐの9月に行われる。今週いっぱいは新旧役員の引き継ぎが行われていたが、来週からはいよいよ新役員による活動が本格的にはじまる。
それにあたり新役員8名は、土曜日を費やして生徒会室の清掃と整頓を行っていた。掃除をし、旧役員の遺物を整理し、少しだけ備品の位置を変える。そんな作業が進むにつれ、この部屋が自分たちの城になるのだという、ウキウキした気分が高まっていくようだった。
8名―――
会長1名。
副会長2名。
会計2名。
書記2名。
庶務1名。
「キリのいいところで、休憩しようか」
ファイルの書類を吟味していた新会長が、目を上げて言った。それならお茶淹れましょうか、という声が上がる。しかし最終的には、
「じゃんけんで負けた人がアイスを買ってくる」
という方向にまとまったのは、残暑のせいか。
負けたのは2年生の新副会長だった。1年生は慌てて自分たちが買ってくると申し出たのだが、副会長は笑って、
「じゃんけんには先輩後輩関係ないでしょ。8個ね、溶けないように走って買ってくるよ。リクエスト聞いてるとめんどいから、みんなガリガリでいーよね?」
「いいでーす」
副会長は、足取りも軽く学校最寄りのコンビニへと出かけていった。
「そういえば」
と、言い出したのは会計の1年生だった。週末に家で洗ってこようと、薄汚れたカーテンを外している。家が近いらしい。
「従姉がここの卒業生なんですが、生徒会役員になったんだ、って報告したら、変なこと言いだしまして」
「変なことって……もしかして七不思議系かい?」
会長がバッと振り返る。どうやらそれ系のネタを好むようだ。
「七不思議とは違うらしいんですけど、生徒会室には座敷童がいるんですって」
「ざしきわらしぃ?」
全員が驚きとも、笑い声ともつかない声を上げた。
「なんと古風な。座敷童ときたか」
会長が笑い出す。
「座敷童って妖怪? どんなヤツでしたっけ?」
1年の書記が首を傾げる。
「えっとね」
2年の庶務が素早くスマートフォンを出した。
「座敷童子は、主に岩手県を中心とした東北地方に伝えられる精霊。座敷や蔵に住む神と言われ、多くは童形をとり家人に悪戯を働くが、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある」
Web事典を読み上げる。
「ふむふむ、精霊なのか。その家にいる間は財をもたらすけど、出ていくと一気に傾くんだっけ?」
2年の会計が頷きつつ訊く。
「そうらしいね、まあ当然諸説あるけど」
「子供が集団で遊んでると、いつの間にかひとり増えてるとか、そんなのもあったよね」
「ああ、かごめかごめとか、かくれんぼしてると、いつの間にか人数が増えてるとかいうヤツね」
きゃー、こわーい、と半ば笑い混じりの悲鳴が上がる。
「それにしても」
会長は苦笑しつつ、話題を振った会計に訊く。
「どうして東北の旧家に棲みついてるはずの妖怪が、こんな関東の街中の学校に、しかも生徒会室に居るんだね?」
「従姉本人が生徒会役員だったわけじゃなくて、お友達が役員で、その人に聞いた話だそうなんで、由来まではわからないんですけども」
「それって、都市伝説伝播の定番じゃん、友達のお姉さんがー、とか、先輩の友達がー、とかゆう」
庶務がちゃかし、皆また笑った。なにしろ、箸が転んでもおかしい年頃だ。
「いやまあ、そーなんですけどー」
言われながら、会計も笑っている。
「要するに生徒会室で長年起きていた不思議な現象が、座敷童現象に似てるから、便宜上そう呼んでたってことらしいですよ」
「長年?」
会長が真顔になり、メガネを上げた。
「ええ、旧制の女学校だった時代から」
ええっ、と先程までの嬌声とは少し違う種類のざわめきが起きる。
「どんな現象なんだい?」
「例えば、お茶、淹れたとしますよね、その場の人数分、ちゃんと淹れたはずなのに何故か1杯足りなくなる」
「ほう」
「修学旅行のお土産、人数分買ってきたはずなのに1個足りない……そういうことが年に数度起きてたんですって」
「ほほう……」
会長は難しい顔になった。
「その現象に対して、生徒会役員の諸先輩方は、何らかの対処をしてたのかな?」
「そういう現象が起きた後には、帰りがけにお菓子や飲み物をお供え……なのかな、机に置いて帰ったりしていたそうです」
「それは……次の日には無くなってる?」
「無くなってたり、そのままだったり」
「ふうむ……」
新役員たちは黙りこくってしまった。
「か、会長は、前期も役員でしたよね?」
沈黙をふりきるようにして、1年の副会長が声を上げた。
新会長は、前期は会計だった。
「去年はそういう話、出なかったんですか?」
会長は頭を振る。
「出なかったね、今日まで全く知らなかった」
「何かが1人分足りなくなるような現象は、起きなかったんですか?」
「どうだろう。年に数回程度じゃ、起こってても気づかなかったってこともあるだろう。お茶やお菓子が1人分足りないくらいじゃ、普通、単なる数え間違いだと思っちゃうだろ?」
そうかあ、と今度は溜息混じりの声が漏れる。
会長は難しい顔をしたまま。
「従姉さんは、何年前の卒業生だい?」
「えっと、8年前ですね」
「ということは、だ。少なくとも8年前まで生きていた伝説みたいなモンが、ここ数年で途切れてしまったということになるわけだ」
1年の書記が不安げに。
「どうして途切れたんでしょう?」
「今年の私みたいに、2期続けて役員する者がいない年が続いたりしたら、途切れちゃうこともあるだろうよ。こんな昔話みたいなこと、書類に残してるわけないからね、あくまで口伝だろう」
ああ、そうか……と、会長の言葉に皆が頷く。残念そうに。
書記はますます不安そうな顔をして。
「お供えとか怠ると、どうなるんですか?」
「その屋敷を出ていってしまう、とする説もあるね」
庶務が答える。
「出て行くと……その家は没落するんだよな?」
会長が呟く。
「生徒会が没落するって、どういう事態だ?」
「うーん、役員が集まらないとか?」
「そんなの今年だって、会長以外は無投票だったろうよ。みんなだってその気なかったのに、友達とか先生におだてられたり、お願いされたりして立候補したんだろ?」
お嬢様学校のせいか、生徒会活動は伝統的に低調ではある。
「行事が上手くいかないとか?」
「それは困るなあ、これから文化祭あるし……あ、でもそれは主に文化祭実行委員の管轄だからな」
「……学校全体が没落するんだったりして」
ボソリと2年の会計が言った。
「座敷童が棲みついてるのは、学校。世話してるのが、生徒会という図式だったら?」
「……学校が没落って?」
「進学率が下がる?」
「ウチの学校は、そりゃないよ」
R女子高校では、そこそこの成績を取っていればエスカレーター式に同系列の女子大に進学することができる。そこそこ以下でも、最近はあまり人気が無いようだが、同系列の女子短大を選択することができる。
会長が顔の前で人差し指を立てた。
「むしろ……入学希望者が減る方が、財政的にはイタイんじゃ?」
「減るかなあ?」
お嬢様高校のイメージが強い上、系列の女子大に進めるので、R女子高校は少子化の昨今においても安定した人気を保っている。
「不祥事があれば、減る」
会長の断言に、その場にいた者は全員、びくりと身を強張らせた。
昨年、男性教師が学内の更衣室で盗撮事件を起こしたことを思い出したのだ。即座に発覚し、処分も早かったが、それにより今年度の入学希望者は、1割ほど減ったらしい。
破廉恥な教師がいた学校になぞ、娘を通わせたくない……と思う親は少なくないだろう。
――と。
「たっだいまー!」
沈黙を打ち破るように、買い出しに行っていた2年の副会長が帰ってきた。
「お待たせー、さあさあ、取って取ってー。ソーダとコーラにしたからね、味についてはどっちが当たっても文句言いっこなしだよ」
生徒会室の雰囲気には気づかなかったらしく、くったくない様子で、机の上にドサリとアイスが入ったコンビニ袋を置いた。
「――おう、お疲れ様、みんな、溶けないうちに頂こう」
会長が気を取り直すかのように、皆を促した。それに励まされたかのように、他の役員も頷いて、笑顔を作り、袋に手を伸ばす。
「……アレ?」
最後に、買い出しに行ってきた副会長が、けげんそうな声を上げ、コンビニ袋をひっくり返した。何も出てこない。
「やだー、あたしの分は?」
「え?」
「なんであたしの分がないのお?」
「他のメンバーだけ数えて、自分数えるの忘れたんじゃないの?」
会長がアイスの袋を開けながら苦笑した。
「いやいや、ちゃんと買いましたよ、8個。ホラ」
副会長はスカートのポケットからコンビニのレシートを出した。
「お金払ってもらわなきゃだからね、レシートちゃんともらってきたもん」
覗き込んだレシートには、確かにガリガリが8個。
「おっかしーなー? 誰か2個取ってない?」
そう言われ皆、手元にあるアイスを差し出した。ひとりの手にひとつずつ。
「私たち……8人だよね?」
会長の声が急に深刻味を帯びる。
会長1名。
副会長2名。
会計2名。
書記2名。
庶務1名。
合計8名。欠席者もなければ、飛び入りもいない。役員選挙が済んだ先週以来、毎日のように顔を合わせている、見知った顔ばかり。
しきりに首を捻っている副会長以外のメンバーは、声には出さず、指も折らず、その場にいる人数を数えだした。
8人のはず。
知らない顔はいない。
それぞれの役職も、正確に思い出せる。
……なのに。
9人いる。
わたしがいる。
|